我が夫は完璧主義である。いや、完璧主義というよりは、自己を曲げない子供らしいわがままな性格なのだろう。
でも片付けだけは嫌いの様だ。茶の間のテーブルの上には常に本人の細かな身の回りのものが散乱して(いるように私には見えるのだが)、ちょっとでも手を出して片付けようとでもしようものなら、「これはこれできちんとあるべき場所にあるんだ。だから勝手に片付けたりするんじゃない。」とすぐにご機嫌が悪くなる。
確かに使いやすい所にあるという点では夫の言う通りなのだが、私に言わせれば、それは自分の手の届く範囲に全ての物を広げているだけであって、散らかっている子供部屋となんら変わりが無い。片付けというものを家庭で学ばなかったのかしら?と思ったりもするが、ところがそれでも私がそのテーブルにあからさまには手を出せないでいるのは理由がある。
実は私自身は片付け魔でありながら、同時に置き場所忘れ魔であるからだ。私はとにかく小さい頃からの親の間違った躾の仕方のせいなのか(親のせいにしてゴメンナサイ!)、目に見える所に雑然と物が有る事がどうしても我慢ならない。すべて目の前から消し去って、部屋には常にテーブルの上に植木鉢が一鉢だけ、という状態が正しい空間であると信じて育ってきた。また、たとえ整頓されていても、本の背表紙やCDの類といった、統一することの出来ないカラフルな色自体の氾濫もない。
だから、こまごました小物はすべて棚や箱、押入れに無理やり詰め込んで、見た目だけはすっきりさせて、「まぁ、きれいになったわ多分、♪」と自己満足するのである。だが、夫から「あれはどこへしまった?」と聞かれても、「さぁ・・・・押入れか洋服ダンスか・・・衣装ケースのどこかよ。」となってしまうのである。
本当の意味で完璧主義である夫は、そういう合理的ではない私の片づけを許せないならしく、「えせ整頓魔」と呼んで馬鹿にする。それについては反論の余地の無い私は、「だって〜」と、くねくね体をよじらせながらも、テーブルの上の治外法権である夫の領地部分と、目の前から小物を消し去ってしまいたい私の領地部分との間で、日々せめぎあいが行われているのである。
さて、そんな「子供の片付け」対「えせ整頓魔」の毎日の戦いの中で、最近、夫のその完璧さに感謝する事件があった。それはつい先日の福岡西方沖地震である。
我が夫は数年前、私達が今の築うん十年の木造ボロアパートに越してきた時、食器棚からテレビ棚、書棚に至るまで、ありとあらゆる棚という棚を壁に鎖で固定して回った。「地震があった時、こういう食器棚類が倒れてくるのが事故や命を落とす元になるんだ。」とそれは念入りに固定する。目の前から一刻も早く引っ越し荷物の膨大な物と色の氾濫を消去したい私は、「福岡に地震なんて起こるわけないじゃん。変な所に妙に拘るわねぇ。」と鼻で笑ったものだった。「うるさい!こうしておかないと俺が安心して眠れないんだ。」と夫は無視。「部屋中穴だらけにして後で大家さんに叱られても知らないからね。」と私はそっぽをむく。
ところがこの地震である。それは私たちが休日の遅めのブランチの後、外出しようとしていた矢先に起こった。生まれてこの方、地震らしい地震に遭遇したことの無い私は一瞬何が起こったかわからず、夫と抱き合ってその場にへたり込んでしまった。
そして地震が収まると、夫は「怖かったよぅ。」といって泣きじゃくった。ものすごい怖がりで泣き虫な夫であるが、これだけ激しい揺れの中で、築うん十年の我が家が奇跡的にも損傷一つ無かった事、そして夫があれだけ念入りに家具を固定してくれていたおかげで、テレビはおろか、茶碗一つ、本一つさえ落ちてこなかった事に、心から感謝した。
すぐに電話も携帯もつながらなくなり、安否の気になる人達との連絡はずいぶん後になってついたのだが、12階のマンションのエレベーターが緊急停止したまま動かず、ひいひい言いながら自転車や買い物袋を階段から担ぎ上げなければならなくなった人、テレビ、仏壇が倒れて破損してしまった夫の実家、新築のビルに亀裂が入って、コンピュータシステムが破壊されてしまった知人の職場等など、様々な被害を聞くにつれ、夫の常日頃の完璧さが、こうして私たちを被害から守ってくれたんだと思うと、本当に感謝感激なのである。そして私は「子供の片づけ」に大幅に譲歩しなければならないと、諦めもついた。
ちなみに我がAWF事務所は、比較的揺れが激しい地域であった事、ビルの高層階であった事で書棚や食器棚が散乱し、大変な状態だった事を後で知った。復旧のお手伝いに行けず、とても申し訳ないと思っている。でも代表に言わせると、「真っ先にぶっ潰れて命の危険に晒されているのは、あなたのあの築うん十年のボロアパートの方だとばっかり思ってて、連絡がつかなくて心配してたのよ。」あはは、ご心配悼み入ります。確かに我が家が無事だったのは奇跡かもしれないな、うん。
おまけ談。家具や家に傷一つ無かった我が家でたった一つの被害といえば、地震の直後、キッチンに蓋を閉めずに置いておいたペットボトルから水が床に流れ出していたのだけれど、動転した夫はとにかく外に出ようと慌てていて、床の状況に気付かずに足を踏み出して、大きくスッテンコロリン!「あ〜れ〜!!」と甲高い雄たけびを上げながら背中で玄関まで一直線にスライディング。覚めやらぬ恐怖の中にいた私だが、「大丈夫!?」と心配して駆け寄りながらも、その極めてコントチックな状況に思わず噴き出してしまい、地震の恐怖がどこかに飛んでいってしまった。
ありがとう、我が夫よ。体を張って私を勇気付けてくれて。